住まい手とつくり手とが一緒になって、家族の幸せのための家づくりをすることをめざします

2013年06月26日

「セカンドライフのためのリフォーム」

とのタイトルで『住まいとでんき』7月号に記事を書きました。
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シニア女性一人暮らしのためのリフォーム2事例を題材にしたものです。
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『住まいとでんき』とは↓このような本とのこと。
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電力会社が集って編集委員会をつくり、住まいの電気に関わる全ての事業者に向けた内容で、発行しているようですね。

書店では売っていないようで、一般の方には馴染みがないですね。

原発の是非とか、電気料金のことなどには、当然触れられていません(笑)。

posted by katsumi at 09:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | 住まいの設計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月25日

desk&shelf



以前の記事「縁卓」で、新調したわが家の食卓について書きました。

今回はその続き、それまで12年使ったテーブル板再生のレポートです。

そのテーブルは、以前の住まいの時、東急ハンズで購入したものでした。

手持ちの本棚に差し込んで使うため、ハンズのカットサービスで板を875mm幅に落としてもらい、ねじ込み式の丸脚4本を取り付けたシンプルなつくり。

当時の写真がないかと探しましたが、見つかったのはこれだけでした。
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スイカに夢中の娘@(3歳)はさておき、テーブルの色がまだ明るい!

途中何度か塗装をかけながら、年季の入った状態に。
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材質はタモ集成材で暑さは30mm。
堅い材質のため、疵や凹みは殆どなく使ってきました。
大きさはちょうど畳一枚ほどです。

この板を私の仕事デスクにリメイクしてもらうめ、オーシマさんに持ち帰ってもらっていました。


ずっと使ってきた仕事机は、無印良品の製品。
こちらもスチール脚にシナランバーの天板を載せただけのシンプルデザインで、18年間を共に。

が、長年の使用で、軟らかいシナの天板は凹みだらけ。
ヘビーユースのデスクとしてはもう限界でした。

機械を使って正確に行ったほうがよいとのことで、切り欠きや穴あけ加工はオーシマさんの工房で。
納めるスペースの寸法を細かに取り、スチール脚のビス穴位置も伝え、プレカットして持ってきてもらいました。

元のスチール脚にセッティング!
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本棚奥までデスクが伸びて、3割広がった印象です。
二辺の壁とのビミョーな隙間(巾木を逃げていた分)も無くせ、満足!

そして、いつでもオーシマさんが必ず仕込んでくるサプライズはexclamation

これです。
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この薄い引き出し。
天板下に取り付けたアルミチャンネルに、100均で売っているトレーの縁を乗せ、滑らせるといういたってシンプルな構造!
収納研究家(?)の近藤典子さんんおアイデアなのだそうです。

デスク上に立てて置いていたた〜くさんの筆記具が一気に片付きましたよ。
真ん中のトレーは使用頻度の低い色鉛筆用にし、奥にスライドしておくので、足を組む時にも膝は当たりません!

スバラシイ。
こんなにスッキリするならもっと早くやっていればよかったなあ。

でも、
ここで終わらないのがカツミ&オーシマコンビダッシュ(走り出すさま)

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このデスク上に残った諸々はこのまま〜?

ってことで簡単に図を描き、オーシマさんにメール。
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できてきました、シェルフが。
(棚を横文字で言ってみました。)
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2本の支柱はオーシマさんの提案で木の丸棒に。
ビスを天板下から貫通させ、支柱の木口を引き寄せ固定し持たせています。

そしてお気づきですね。
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棚板は、タモ天板の端材です!
あとはコースターを作れるくらいしか残っていないそうです。

「材料を余すところなく使い切る」ってとても気持ちのよいもの。
大根の、葉っぱは味噌汁に、皮はきんぴらに、の感覚ですね。

ドックプレーヤー、電話子機、カメラのデータ取り&充電、メガネが定位置に収まりました。

ケーブル通しの切り込みも抜かりなく。
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そして「倒れてこないの?」の心配は無用。
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目立たないところで補助的に留めつけています。

清々しいでしょうぴかぴか(新しい)
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これで仕事もはかどるわけですね(期待グッド(上向き矢印))。



posted by katsumi at 15:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | 住まいの設計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

カラマツ板

わけあって久しぶりの更新です。
(ホントはサボってただけですわーい(嬉しい顔)

ずっと以前諏訪の家で床に地元のカラマツ板を張ったことがありました。
何年か後の訪問のとき、それはきれいな赤味に艶良く焼けていたのが印象的でした。
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がその後は県産木材の利用に力を入れていたので、埼玉県では少ないカラマツとは縁遠くなっていました。

それがここへきて、縁あって入手先が見つかり、戸田の家東村山の家では、床や天井に張ることができました。

入居されて半年の東村山のお宅に先日伺ったところ、すでにしっくりとした色合いに変わり始めていました。

DSCN0152.jpg施工直後

00-1.jpg入居半年後

カラマツは杉・桧に継いで、多く植林されている樹種です。
北海道・東北、特に信州では高度成長期に大量に植林され、今、その刈り時を迎え始めている材です。

針葉樹の中では桧に比べても堅く、床に使用した際は疵がつきにくい材と言えます。

松の一種なので樹脂を多く含み、脂成分が少しづつ板の表面に出てきて、経年で美しい色に焼けていきます。

曲げ強度も高く構造材に向くかと思われるのですが、赤松などに比べ捩れやすく割れやすいという性質が強く、採用には経験と工夫が必要のため普及していません。

今回、その信州カラマツだけを長年取り扱い、板材を製造している信州和田の小林木材さんをお訪ねし、製材所と森を見せていただくことができました。
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小林木材さんでは、森林組合を通じて東信(とうしん=長野県東部)一帯のカラマツ原木を入手し、皮むきから仕上げ加工までを行っています。

板を作るには樹齢40年前後の材が使われます。
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小林専務曰く「自分たちが子どもの頃植林した材が、やっと刈れるようになってきたんです。学校の授業で山に苗を植えたんですよ」と。
さすが信州の山の学校。産学連携(?)!

敷地内には直径60cmほどの材の一山があり、これなら広幅材がたくさん取れるのでは?と聞いたところ、そうではないとのこと。
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樹齢80年くらいになってくると、芯から割れが始まったり、大きなヤニつぼができていたりと、扱い難いのだそうです。
なるほど、木口を見ると割れや滲みだした脂が見えます。

皮剥き後、角に落とし、板に挽きます。
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カラマツは捩れ反りが大きいので、杉・桧に比べ、仕上がり寸法よりかなり大きめに挽かなければならないのだとのこと。

乾燥は人工乾燥機で。

熱源は剥いた皮や加工時の端材などを燃やす、バイオマス乾燥です!
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さすが!と拍手したら、「や〜石油の高騰で、2年前から100%バイオマスにしたんですよ」とのこと。

乾燥の温度・湿度・時間の按配には相当の試行錯誤があったようです。
色艶や粘りなど木のよさを失わず、目標の含水率に、しかも均一に上げるには、ご苦労があったと思います。

カラマツは元々水分は少な目の材で、伐採時にすでに40%程度とのこと。
3〜4日をかけて、最終的には12%まで含水率を落すそうですが、はじめと最後にわざとかなり湿潤な環境で窯内に置き暴れを防ぐなど、さまざまなノウハウを駆使した乾燥なのだそうな。

乾燥を終えた材は、厳しく選別されます。
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割れや欠けひどい反りの材を選り分けるのですが、カラマツ特有の選別ポイントはやはり「ヤニつぼ」です。
これをそのままに板材に作ってしまうと、必ずヤニが流れ出し、ひどくべたつき、床にしろ天井にしろとても厄介なことになります。

この時点でヤニつぼを発見し、可能なものは取り除くなどの処理を行います。

これはヤニつぼを、欠き取り→埋める パーツだそうです。
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専用のドリルのようなドイツ製の機械で、このような形状に欠き取るそうな。
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おもしろいです。

カラマツは人工乾燥させると、非常に節が抜けやすくなるのに長い間悩まされてきたそうです。
いい方法はないかと探し続けた末に、やはりドイツ製の節止め(?)マシーンに出会い導入してからは改善できたとのこと。
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節と板のわずかな隙間にボンドを注入し固定する機械です。

乾いた後超仕上げをすれば、ボンド固定の跡は見えません。
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その後用途によって、本実や相决りの加工をし、裏面に反り止め溝を施し仕上がりです。
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カラマツは、元々原木価格が杉より高い上に、反り・捩れ・ヤニつぼの是正で歩留まりが悪く、杉が90%以上なのに対し、70%に満たないのだそうです。
で、その省いた分のコストを出荷できる製品に載せなくてはならないため(正直っ!)どうしても杉より高価格になってしまう、、、とのこと。ご苦労がありますね〜。

でも、そんなに高価ではないですよ!
イメージとしては杉の1〜2割増し程度。
疵のつき難さと色艶のよさを考えると、充分にお薦めしたい材です。

*歩留まり=原料(素材)の投入量から期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産数(量)比率


小林木材さんでは、設計者と組み、27mmの厚板で防火認定を取られたそうです。
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モルタル塗りや耐火ボードの下張りなしに、準防火地域でも板張りを採用できるんですよ!

これは工場の外壁に張られた半割丸太壁。
十数年が経過して、いい色に焼けています。
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雨掛りでも腐れは見られません。
あまりに風情があるので、壁ごと欲しいという人が現れ、半分を譲ったのだそうな(笑)。

その部分に新しく張ったのがこの板壁。
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目透し加工の厚板の縦張り。わざと鉋で仕上げず、ノコ挽きの肌をそのまま生かしたラフ仕上げです。
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塗装も無し。まだ一年も経っていないとのことでしたが、すでに赤味が増してきています。
これは格好いい。是非どこかで採用したくなりました〜。

工場のすぐ近くには、小林木材さん自社のモデルハウスがあります。
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あいにく都合で中は見られなかったのですが、総カラマツ造りの力作です。

構造材も板材も造作材も建具も、全てがカラマツ。
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構造材の扱いは興味のあるところですが…。
小屋は登り梁のようでした。

カーポート床はカラマツ小径木の木レンガ埋め込み。
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玄関ドアもしかり。
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最後に森を案内いただきました。

杉・桧の人工林には何度となく出かけていますが、カラマツ林は違います。明るさが。
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カラマツは針葉樹の中では唯一の落葉樹種。
「落葉松」とも書かれるくらいです。
冬の前にすっかり葉が落ち、
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今は新緑です。
そのため常緑の杉や桧の森に比べて明るく、下草もちゃんと生えています。

ちなみにこれが杉林。
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カラマツの捩れ、と散々書いてきましたが、それは立ち木を見てもはっきりわかります。
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幹肌が巻き上がっているのが見えますね。


小林専務がおっしゃるには、この後刈り時を迎えた40年生のカラマツがどんどん切られ、供給が増えていくとのこと。では、それと共にカラマツの無垢板がどんどん生産されるかというとそうもいかないと。

合板会社の買い占め幅が伸びているだそうです。
近年合板も国産材を原料にとの方針が浸透してきて、それには杉だけでなくカラマツや北海道のトドマツが欠かせないとのこと。
合板は表面に用いる材の強度が大事で、軟らかい杉では不足なため堅い松と組み合わせる必要があるのだそうです…。

しかし、やはり無垢で使うのが木づかいのあるべき姿のはず。
まずは無垢板供給に量を割いて、残りを合板に使うというセオリーを、日本の建築会は大事にしてほしいと思います。
カラマツに限らず。

それには「使いたい」「無垢でなければ」との声を川下の我々が上げ続けることが必要ですよね。

posted by katsumi at 19:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | 住まいの設計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月06日

家族旅行@東北


子ども達が春休みということで、2泊3日の家族旅行に出かけてきました。

娘1号が受験生だったため、約一年半ぶりの大イベントです。

ということで、以下とても私的な家族旅行の長文の記録です。
お時間のない方はスルーいただいて!


行き先は東北。
震災後、テレビ・ネット情報・知人の話などで見聞きしてきた2年でしたが、やはり一度は訪れて、子どもたちと共にしっかり見て来なければ…との思いでした。




初日は福島県安達太良山麓のキャンプ場へ。

中間期の平日で、宿泊者は2組のみ。
空模様も曇りで、寂莫感たっぷり。
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実はこのキャンプ場、震災の前の年まで、毎夏訪れていた場所でした。
フクイチからは直線で65km内陸で、震災直後は富岡町の方々の避難所にもなっていました。
ですが、、、放射能汚染度を色分けした地図では、はっきりと汚染が示されている地域内です。

到底、地面にテントを張るキャンプはする気になれず足が遠のいていましたが、愛着あるキャンプ場の今の姿を見たくて出かけました。

キャンプ場では、2年間週に一回の更新頻度で、20箇所での測定線量をホームページで公開していました。

県の施設でもあるためでしょうか、積極的に除染が行われたようです。

我々が泊まった日の線量は、0.09〜0.30μSv/hでした。

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コテージのリビングが、0.09μSv/h。
ストーブで燃やす薪も、「検査済」と表示されていました。

フィールドに出ました。
Bフォレストフィールド.jpg

落ち葉の撤去や遊歩道表土の入れ替えといった除染で改善されたと説明を受けましたが、我々の住む埼玉県の森に比べると明らかに線量は高いはずです。
が、見た目で全くそれがわからない・・・。

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春を告げる味覚のふきのとうも、もうずっと誰の口に入ることもないでしょう。

フィールド内にあった見晴し台へは、キャンプ場を訪れるたび登っていました。
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地震の揺れで崩れ落ちたそうです。
撤去されることもなく、無残な姿を晒したままでした。


二日目はまず仙台入り。
情報収集のため、せんだいメディアテークへ。

Cせんだいメディアテーク.jpg
伊藤豊雄さん設計の施設です。

ここで、宮城の大小の地図を手に入れ、津波と地震被害の写真展示を見ました。

昼食に仙台名物牛タンを。
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東京で食べる牛タン定食と違い、肉が厚くジューシーでした。
付け合せ定番の、テールスープに麦飯、唐辛子の味噌漬けは、仙台が発祥とのこと。

南三陸に向かう途中、仙台宮城野区の仮設住宅地に立ち寄りました。
長屋形式のプレファブ住宅が建ち並ぶ場所は、公園の一角です。
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一隅に伊藤豊雄さんが企画実現したコミュニティハウス「みんなの家」が建っていました。
賑々しく使われるときもあるのでしょうが、このときはひっそりとした佇まいで。


雨の中ゆっくりペースの運転で、南三陸の観光ホテルに到着。
客室の目の前が志津川湾です。
養殖の筏やブイがあちこちに浮かんでいます。
若布、タコ、牡蠣、鮭、海苔など、様々です。

ここから眺める限り、津波の傷痕は確認できませんでした。

たくさんのカモメが空を舞っています。
泊り客がやる餌欲しさに、窓のすぐ前にまでやってくるウミネコ。
このあと、娘たちの手から直接スナック菓子をゲットしていきました。
F南三陸旅館.jpg
G南三陸旅館.jpg
中に一羽、ウミネコより一回り大きなセグロカモメが。

このカモメたち、寿命は20年以上。
2年前を憶えているかな…。

翌朝、ホテルが運行する「南三陸語り部バス」に参加。
降りしきる雨の中、語り部の語りに耳を傾けながら、一時間かけて各所を巡ります。

H南三陸.jpg
崩れたままの河口の橋脚

I南三陸.jpg
元は住宅が建ち並んでいたという街区跡。
最近になって基礎まで取り除かれ、「家の片鱗も失くなった」と。

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初めの頃の瓦礫と異なり、今は基礎を壊したコンクリート片ばかりに。

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骨組みだけ残った防災庁舎。
この2階で最後まで避難を呼びかけるアナウンスをし続けた町職員の方も、津波の犠牲になりました。

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この建物両脇には町役場があったが今は跡形も無く。
避難した防災庁舎の屋上で津波に襲われた職員の方々50余名のうち助かったのは8人だけ…。
屋上を2メートル越える波が来て、摑まっていた手摺ごと流されたと。
アンテナと階段にかじりついていた数名だけが助かったと。地獄です。

庁舎と多勢の職員を流された南三陸町の復興は、他所より遅れているそうです。

バスでの語り部の男性も、自宅を流され、乳飲み子を抱えた奥さんの安否がわかり再会できたのは3日後とのこと。この町が気に入り越してきて4ヵ月後のことだったそうです。
「皆さんにお願いがあります。
今日見たこと、聞いたことを、家に帰ったら周りの人一人にでもいいから伝えてください。
徐々に復興はしていますが、まだまだ道のりは遠い。もういいんじゃない、と終わったことにされるのが心配です。忘れられることが一番怖い。漁業と観光で成り立っていた南三陸町の復興には、皆さんが来てくれることが欠かせません。復興の道のりを見に来てください。風化させないでください」と、切に訴えられました。


南三陸町歌津地区の高台の公園施設内にも仮設住宅地が造られていました。
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ここでもボランティアの手によるコミュニティハウスがありました。
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栃木県日光市のボランティアグループ「チーム日光」が、仮設の住人の方たちと協働で建設したものだそう。竪穴式住居という他にないスタイルの建物です。
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建物の名は「鍵」
P南三陸歌津竪穴.jpg

仮設に暮らすおばあちゃんが話してくれました。「この建物お茶入れられねえしストーブも置けないから冬はあんまり使えないね〜」「でもいい建物だからよく見てってね」と。
「埼玉の高校(甲子園での浦和学院のこと)頑張ってるでねえの。やっぱりここから近い方を応援すっぺよ」と。訪れた日がちょうど決勝前日でした。
近いから埼玉を応援してくれると…。関東は東北の隣のエリアなんだと自覚しました。おばあちゃんと同じ気持ちを持てているか…。


元々商店や住宅が並んでいた街区は野原となっています。
地盤の沈下が大きく、雨の水溜りが消えることが無いそうです。
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その野原のあちこちに立つ白い看板。
この地に昔から伝わる、各神社が配る切り紙飾り「きりこ」を、大きくしたモニュメントです。
ボランティアアーティストの手により、町やその店ゆかり事柄をモチーフに新しくデザインされたそうです。丁寧に作られたたくさんの「きりこ」、関わった人々の復興に込める熱い思いが伝わってきます。

失われた商店街再生の第一歩として昨年2月にオープンした仮設商店街がありました。
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南三陸さんさん商店街−復興を担う地元の30業者が集まっているのだそうです。
志津川名産のタコと銀鮭を買って帰りました。


そして石巻へ向かい南下します。

走行中繰り返し出てくる「ここから冠水しました」「ここまで冠水しました」と書かれた真新しい道路標識が生々しく。

内陸に入るとどこにも見られる山村の風景が広がるのですが、ひとたび海に近づき沿岸を走ると風景は一変。
何もなくなるのです。

その中にポツンと残る小学校の校舎。
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石巻市立相川小学校。
津波は屋上を越えたそうで、窓ガラスが全部無く、ベランダの手摺はひしゃげ、体育館の屋根は大きく壊れています。


そして石巻市立大川小学校。
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児童108人のうち74人、教職員13名のうち10名という、最も大きな犠牲者を出した学校です。
昭和の三陸大津波の時には波が到達することもなく、市のハザードマップでもノーチェックの位置関係であったため、川を遡ってきた波が、避難場所にも指定されている校舎の屋根を越えるなど、関係者の誰もが想像していなかったのだと言われています。

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震災前の校舎の姿

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たくさんの花や折鶴が手向けられていました。
もし地震が子どもたちの帰宅後であったなら、、、もし誰か一人でも大人が気付き、山へ逃げようと言ってくれたなら、、、
合掌することしかできません。


石巻市は市庁舎や学校、商店、住宅が建ち並ぶ、町の中心部にも広く津波が押し寄せ、方々で火災が起こりました。

石巻湾から500m足らずの距離にある門脇小学校も、すさまじい波が電柱をなぎ倒しながら押し寄せ、校舎に衝突した車のガソリンに引火し火事が起こったそうです。
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焼け爛れた姿の校舎

すぐ隣の墓地では、墓石が倒れたままに…。
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墓を守っていた人が亡くなってしまったのでしょうか。

しかしこの学校ではいち早く生徒を裏山に避難させたおかげで、生徒300人のうち、事前に保護者に引渡した子どもを除く275人が無事に津波や火事をやり過ごしたのだそうです。
大川小学校と明暗が分かれたと、繰り返し報道された学校です。


門脇小前の辺り一帯、他の建物が全て無くなっている(残骸も撤去済み)なか、黄色いワンボックスカーが停まる鉄骨躯体だけの建物がありました。

車には「石巻焼きそば味平」の文字。移動販売車です。

丁度昼時、営業しているかと声をかけてみたら恰幅のいいおじさんが現れ、B級グルメで有名になった石巻焼きそばを手際よく作ってくれました。
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おじさんのお名前は「尾形勝寿−オガタカツジュ」さん。
石巻焼きそばでは有名な方のようです。
焼きそばを焼きながら、以下のような話を熱心にしてくださいました。
・地震のあと、持ち出すものを選んだりしていてすぐに逃げず、波が建物に当たってから驚いて駆け出したこと
・別方向に駆け出し一瞬の後に姿を見失った奥さんは今も行方不明、妹さん遺体で見つかったとのこと
・奥さんと妹に、すぐに逃げようとなぜ言わなかったか、悔やまれること
・門脇小から続く通り沿いに400世帯以上あったが、全部流され、370人が亡くなったこと
・自分も肋骨を折りながら屋根につかまって助かったが、すぐ後ろにいたおばあさんを引き上げてあげられなかったこと
・亡くなった方たちの身元確認や弔いで、やりきれない思いをしたこと
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・火葬が間に合わず、土中に埋めた亡骸を4ヶ月経って掘り出し、やっとお骨にするしかなかったこと
・復興と言っても、個人では無理なことばかりで、役所のやることは遅々として進まないこと
・仮設住宅の住民は仕事も無く、パチンコ屋は繁盛、ボランティアにやってもらっている仕事を、わずかな報酬でもいいので仮設住宅の住民に宛がうよう市に訴えていること
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そして、「被災地応援の輪を埼玉でも広げてください」と。



最後に立ち寄ったのは、Aが子どもの頃夢中になったという「サイボーグ009」の作者、石ノ森章太郎さんのマンガミュージアム「石ノ森萬画館」。
31石ノ森萬画館.jpg
震災で大きな被害を受け休館していたが、昨年11月に再開館したとのこと。
津波は1階天井付近まで到達したそうだが、大切な収蔵品は2階以上に置かれていたため難を逃れたという。
これぞ、不幸中の幸いです。

ここでしか見られない「シージェッター海斗」実写版短編映画や、サイボーグたちの実物大フィギアや仮面ライダーのマスク展示に、子ども達(+A)は楽しめたようでした。


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「今、見て来なければ」との焦りに似た気持ちで、子どもたちを引っ張って出かけた旅でした。
私が下調べした内容を語って聞かせるとき、いつになく熱心に興味深げに耳を傾けていた子どもたち。
でもそれ以上に、現地で見、聞いたことの多くに心を動かされている様子でした。
たった3日間の行程でしたが、今はまだ、見ただけ聞いただけのことが、いつか折々にいろんな形で思い出され、自分を見つめること、他者を認めること、社会を知ることに繋がってくれることを願っています。



posted by katsumi at 01:36| 埼玉 ☔| Comment(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

ポートレート撮影

先週のこと、「プロフィールPHOTOを写そう」会に参加しました。

所属する女性建築技術者の会の定例会企画です。

写真家の吉田香代子さんが、参加者一人一人のプロフィール用写真を撮影してくれるというもの。

撮影場所のスタジオは吉田さんのご自宅です。

何と吉田さん、二つの職業を持つ方で、元々は建築家。
このご自宅も十数年前にご自身で設計されたものだそう。
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明快ながら豊かな空間構成の、魅力的なお住まいです。

写真好きが高じて、今はカメラの仕事がメインになっているとのこと。
被写体はライブのアーティスト、建築、雑貨などの商品、ポートレートなど、様々だそうです。

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カメラを手に休憩中の吉田さん

人の撮影を見ている分にはとても楽しく、
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ひとりひとり、メークとヘアーづくりもしていただけて。
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ヘアメークアップアーティストの金井若奈さんのお仕事ツール

順番が回ってきて撮影に臨みました。
会話しながらが、バシャバシャバシャッと何十枚と撮っていただけるのですが、どうしても気恥ずかしさが抜けず、顔は引き攣り、体はぎこちなく…。くたびれました。

相当固くなっちゃったなあと、残念に思っていたのですが、後日送られてきたデモ写真を見たら・・・。

s-・怜享隕狗エ蟄先ァ・672.jpg撮影:吉田香代子
s-・怜享隕狗エ蟄先ァ・420.jpg撮影:吉田香代子
ガッツリ顔出しですあせあせ(飛び散る汗)

なかなか、いいじゃないですか〜。
さすが女流カメラマン。いい表情で撮ってくれています。

この後、チョイスした数枚をレタッチしてくださるとのこと。
さあ、あちこちのプロフィール写真を差し替えしなくっちゃね!
posted by katsumi at 00:10| 埼玉 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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